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【当たり?外れ?良いor悪い先生?】息子の小学校の担任教師が破天荒すぎた話。

息子の担任が伝説の教師だった話

ご訪問ありがとうございます。はなでございます。

先日アップしました以下の記事。

この記事中で伝説の教師についてチラっとふれたので、今日はそのお話をさせてください。

目次

伝説の教師現る

息子と娘の小中学校で合計16人の担任の先生にお世話になりました。
先生方には申し訳ないのですが、担任の当たりハズレというのはとても大きいです。

ですが、その伝説の教師は「当たりハズレ」だとか「良い先生」だとか「悪い先生」だとか、そんな薄っぺらい保護者の感情を遥か彼方まで超えていってしまうくらい、超絶強烈な存在で、良い意味でも悪い意味でも、今も印象深く忘れがたい先生です。

息子が小学2年生になった最初の保護者懇談会で、担任の先生は妊娠しており2学期に他の先生と交代するという旨の話をされました。
が、妊娠の経過が順調ではなく入院を余儀なくされ、4月の後半に急遽臨時の先生と交代することになりました。

その臨時の交代要員で県教委から派遣されてきたのが、伝説の教師K先生です。
当時で推定50代半ば。
クラスもこれからスタートの4月だし却って良かったかもねと、保護者は少し安心したのです。

が、子供が家で学校の話をするたびに、保護者たちは徐々に不安に陥ります。

伝説の教師、授業を放棄

着任してからまもなく、

子供の話からすると先生はどうも授業をしていないっぽいよね?

と保護者がザワつき始めます。

授業はそれぞれの教科の係にさせ、
K先生自身は、雑学の授業専門&校庭で遊ばせる専門の先生になりました。

学校からのお知らせプリントも、ほぼ配布されないか、配布されても何週間も遅れて届くようになりました。

この頃、息子は家でやたらと肥溜めの話をし、教科書は落書きだらけになります。

君は落書きが上手だから、どんどん描いて教科書は大人になるまで大切に保管しておくように!

と先生が褒めてくれたものだから、息子は嬉しくなって教科書中に落書きをするようになりました。
そのクセは今も抜けず・・・(-“-)

K先生のあまりのめちゃくちゃぶりに、保護者からの要望で緊急保護者集会が開かれました。

保護者たちが「授業をしてほしい。漢字もきちんと教えてほしい。」と訴えるも、
「今時パソコンの時代ですからねえ、漢字くらい書けなくてもどうにでもなりますわ。」と返され、

「九九も教えてもらわないとこれからの基礎になるし」と訴えるも、
「今は計算機がありますがな。」と返される。

えーーーーー?!


と呆気にとられる保護者たち。
でも最後には、列席していた校長先生に「これからはちゃんと授業します」と宣誓させられました。

ちなみにK先生、50代半ばなのに日本語が歴史的仮名遣いでした。
それにしても、クラスの保護者がこれだけ団結した事が未だかつてあったでしょうか。
クラスのお母さん同士、情報交換が非常に活発に行われました。

息子、お詫びの品を持ち帰る

2年生は「30㎝竹ものさし」を学校でまとめて購入します。
息子も申し込んで代金も支払ったのですが、
「僕だけないって言われた」と息子。

校長先生に電話をして訴えると、
(その後保護者たちは校長先生に直接連絡するようになりました)
お兄ちゃんのおさがりを使うため購入していない児童に、息子の分を間違えて配布してしまったことが発覚。

無事に息子の分はいただけたのですが、

息子が帰宅するなり嬉しそうに
「K先生からこれお詫びの品やって!」
と箱を私に差し出しました。

え?何?怪しい。

と、咄嗟に箱の中身が何なのかと箱をフリフリしてみると、


ボトン(゚Д゚;)

と何かが箱から飛び出して床に落ちました。

使いかけのマヨネーズ一本。
給食の余りぽい。

伝説の教師、牛乳を腐らせる

K先生は給食のあまりの牛乳をわざと腐らせて観察するのが大好きでした。
子供たちもその様子を見るのが楽しかったようです。
また机の上はいつもモノで山積みでした。
時々定期的に他のクラスの先生が掃除にきていました。

連絡帳の返事もクセがすごい

息子が上着を学校で失くしてきたので(それもどうよ、息子)
見つかったらよろしくデス、的なメッセージを先生に書いたところ、

先生からはイラスト入りで
「GPSをつけると良いカモ!」というビジネスの可能性のコメントをいただきました。

サンタクロースはいません発言

2学期の終わり、先生が子供たちに
「サンタクロースを信じている人は手を挙げて」
と言いました。
小学校2年生ですからね、多くの子供たちが手を挙げました。
すると、
「サンタクロースはお父さんとお母さんです」と勝手にカミングアウトされました。
意図はわかりません(^^;)

通知表を紛失する

3学期も終了間近。
息子は帰宅していつも学校の話をするのですが、その日は浮かない様子。
どうしたのか聞いてみると、

「僕とあと3人分な、先生通知表なくしてんて。
だから僕の通知表は渡せませんって言われてん。」

え?そんな事ある??

校長先生に連絡すると、本当に紛失してしまったそうで。

「絶対に修了式までに見つけてお渡ししますんで!!」
と校長先生も約束してくれたんだけど、校長先生も大変だね。

結果、ギリギリ修了式の日に見つかったんですけど。
初公開、息子の通知表。

急遽見つかったし、
机の上は山積みだから「〇」のハンコも見つからずで、

マジックでまるまるまる~って。
しかもめっちゃ成績良いし!!

成績を付けるルールに従ってないヤツだ、これ絶対。
1学期から2学期の成績の上がり方は半端ない。
何か知らんけど、ありがとうK先生。

最後に1年間の記録DVDを渡される

K先生は1年間、子供たちの学校での様子を撮影して記録していたようで、修了式の日に子供たちひとりひとりに編集したDVDをプレゼントしてくださいました。
授業をしないと思ったら、こんなことをしてたのか。

毎日夕方、自主パトロールをしていた

毎日夕方、校区内の公園を自主パトロールしていたK先生。
幼稚園児の娘を夕方公園で遊ばせている時に、私も何度かK先生に遭遇したことがあります。

ネグレクトの子供の家に毎日食べ物を届けていた

当時息子が通っていた小学校にはネグレクトの家庭の子どもが数人おり、給食で食いつないでいる状態でした。
朝は保健室でキープしている余った給食のパンなどを食べていたのですが、夕飯はありません。
K先生はその日の給食の余りや自分で購入した食べ物を、毎日夕方の公園パトロールついでにその子たちに食べ物を届けていました。

最後まで不思議だった伝説の教師

クラスの子供たちそれぞれに、K先生に関する色んな面白ネタがあるはず。
年数が経過してしまい記憶が薄れてきたので、ここに覚えている事だけでも書きとどめておこうと思いました。

K先生は非常勤で、毎年臨時で転々と県内の学校をまわっているようでした。
息子たちの修了式が終わると、翌月からは隣の市に転任になりました。

K先生は神戸に住んでおられ、奥様と子供さんの家族全員を阪神大震災で亡くされました。
家族に対し厳格だったK先生は、震災前夜、奥様とケンカし怒鳴りつけたまま寝てしまったそうです。
そして、翌朝発生した大地震で、奥様とはケンカしたままお別れになりました。
それをずっとずっと後悔し続けていると子供たちに話したようです。

あまりに辛い経験で、全ての価値観がひっくり返ってしまったのかな。
その結果の破天荒教師っぷりだったのかどうかは、今となってはよくわかりません。

一般の教師としては、K先生はダメダメだったと思います。

でも、うまく言えないけど、
普通の学校生活をリードしてはくれなかったけど、悪くはなかったのかなあ・・・

と今になり思い出します。
ある意味すごく人間的だったし、学校の授業とかクラス運営に関してはすっかりないがしろにしてくれたけど、その他の大切なことは色々教えてくださったのかも?
バランス悪いけどね(^-^;

もうとっくに定年になっているはずだけど、今頃どこでどうしてはるんやろ・・・・?

なんて思っていたら、先日息子が、

「お母さん!!
小学校の時のK先生って覚えてる?
K先生がTwitterでからんできた!!!」 

先生、お元気そうで何よりです。

では(^^)/

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